靴からおこる足のトラブル
外反母趾などの障害はそのほとんどが後天的、外部的な要因で起こります。そしてその最大の原因が靴によるものです。
a.外反母趾(バニオン)
外反母趾は、靴による足への圧迫によりおこります。
健康な足趾(そくし)は地面を蹴りだす時、外側に開こうとします。
しかし、小さな靴に足趾をいっぱいに入れて履き続けると、指は強い圧迫を受けて変形をはじめます。
そして、長い歳月をかけて親指が小指側に曲がり、中足趾節関節(ボールジョイント)が『く』の字に変形して指が開かない状態になります。
「b.足の機能/立つ」 で述べたように足の形は負荷の有無で大きく変化します。甲から土踏ますまでを十分に支えられない履物(パンプスなど)では、荷重がかかるとボールジョイント部のバネがつぶれて関節が横に拡がって(開帳足)しまいます。
それにより足が靴のつま先部の横幅よりも広がってしまうことも外反母趾の大きな原因になります。
変形が進むと関節に針が刺さったような痛みが起こります。重度の場合、激痛で歩けなくなることもあります。
この変形は小指側でも同様に起こり、内反小趾(バニオネッタ)と呼ばれています。
外反母趾の障害は足だけにとどまらず、からだ全体に及びます。
建物に例えるならば足は基礎に相当する部位です。基礎がおかしくなれば建物は傾きます。
同様に外反母趾の人の足は、変形により直立時の重心に狂いが生じます。 重心の変化は姿勢の変化の原因となり、ひいては肩こり、腰痛、ひざの障害などを引き起こします。
左の図を御覧ください。
A(踵)、B(親指の腹)、C(小指の腹)の作る三角形を表しています。健康な足はこの三点で重心を支えています。
外反母趾の足は足趾の変形で十分に体重を支える力がないため、B(親指の腹)の代わりにD(母趾球)C(小指の腹)の代わりにE(小趾球)と踵の造る三点で体重を支えざるを得なくなります。
外反母趾の△ADEが造る重心G2は健康な足の△ABCの造る重心G1に比べ後方に位置します。
両重心位置の差は成人男性の標準的な足の大きさで距離にして4〜5cmほどのわずかなものですが、ひとの体の姿勢や運動機能には大きな影響がでます。
前章(足の構造と機能) で述べたように重心が踵側にわずかにずれるだけで、人は背中を伸ばした正しい姿勢では安定して立てなくなります。
右の図は足裏の重心が正常な位置(G1)に在るときの人の姿勢です。
この位置ではからだ全体の重心は前方に移動しようとします。人は足趾で足裏の重心位置を調節すると共に、胸を張り頭部を後方に移動してからだ全体の重心の安定を保ちます。
左の図のように重心の後方への移動(G2)は、からだ全体の重心を後方に引き寄せます。
踵にはバランスの調整機能がありませんので、背中を丸め頭を前方に移動させることでからだ全体の重心を調整しなければ安定して立てなくなります。
これが俗に言う『猫背』の姿勢です。
外反母趾は軽度でも体の重心維持に大きく影響します。
下の図の左は正常な足趾、右は中度の外反母趾の足趾を表したものです。
左のように十分に開いた足趾は地面と正対し真下に向かって強く押す力が出せます。
右のような外反母趾の足趾では、地面と斜めに対峙するため押す力が地面を押す力と横方向への力にベクトル分解されます。
そのため地面を押す力が弱くなると共に、押せば押すほど足趾は内側に収束して足底の三角形を縮め、安定を取りにくくなります。
b.槌状趾(ハンマートー)
主に人指し指、中指、薬指の3つの指におこる足の傷害で、まれに親指や小指にもおこることがあります。
足の外反と伴に起こる足趾の変形です。各指を構成する3本の骨(つま先側から末節骨、中節骨、基節骨)の間の関節が、かぎ型に折れ曲がりその形のまま固まって伸展できなくなった状態で、金槌(かなずち)に似た形状に変形することからこうよばれます。
槌状趾は爪先に十分なトーボックス(余裕寸法、捨て寸)のない靴を履くと起こります。
パンプスやローファは甲を十分にサポートする機能がありません。そのため、靴を履くとき踵と爪先で靴を支えざるをえなくなります。従って爪先に十分なトーボックスを確保できません。
蹴りだし動作のとき爪先は前方にずれます。その際、トーボックスの少ない靴は足趾を十分に伸ばして中敷を十分に踏みしめることができなくなります。
中敷を踏みしめられなくなて空中に浮いてしまった指の筋肉は萎縮し、骨、靭帯などが退化して足趾は槌状に曲がり、動かなくなってしまいます。
外反母趾やハンマートーになった足は、本来指が負担すべき荷重をすべて中足趾節関節が負担することになります。
この状態が続くと関節のアーチがつぶれて平らになり(開帳足)、本来アーチの頂点にあって衝撃を受けることの少ないはずの第三中足骨頭の足底面が強く刺激されてます。
第三中足骨頭は他の中足骨の骨頭部より足底部の突起が大きいため皮膚を内側から強く刺激して、肉刺(マメ)、胼胝(タコ)、鶏眼(魚の目)などの原因になります。
b.浮き指
浮き指も靴による足への圧迫によりおこります。
小さな靴やつま先に十分な横幅の無い靴を履くと、前足部に体重をかけたとき足趾が十分に開く空間を確保することはできません。
そのため一部の指が宙に浮いたままの状態になり、固定化してしまうことがあります。
私は長年、この状態を『不接地趾』と呼んでいました。しかし、最近読んだ新聞記事で整形外科医が『浮き指』と書いていましたので、現在はこちらの名称を使っています。
小指または小指と薬指が浮いてしまう例が最も多く、重度の場合、5本ある足趾すべてが宙にうき、母趾球、小趾球を結ぶボールフレックスラインから後だけで立つ例も見られます。
『浮き指』の足は体重を支える基底面積が極端に小さくなることから、中足部から足根部に掛けての負荷が足趾を十分に接地できる足に比べ大きくなります。
そのため、歩行時や走行時に負荷の集中する中足骨の亀裂骨折や剥離骨折、跳躍での着地時、踵骨骨端部の骨折が発生しやすくなります。
また、基底部を支える三角形が小さくなることで着地時の安定性が減少し、足関節や膝関節によこほうこうへの負荷を生じさせます。この負荷が『くるぶし』や『ひざ』の障害の原因となります。
d.陥入爪(かんにゅうそう)
左は母趾を前方から見た図です。
爪先のきつい靴で母趾を側面から圧迫し続けると、爪の生成組織が変形して端が内側に巻き込み皮膚に突き刺さります。
強く踏み込むとさらに深く皮膚組織に食い込み患部から黴菌が侵入して炎症を起こします。
e.鶏眼(魚の目)、胼胝(たこ)
皮膚の角質層の一部が長期間の圧迫や摩擦を受けると皮下組織を守ろうとしてその厚さを増します。
比較的広い範囲に受ける皮膚刺激によって、角質層が表皮側に厚みを増す胼胝(たこ)と、小範囲に集中した刺激によって角質が核を作って真皮側に成長する鶏眼(魚の目)と分けられます。
胼胝は刺激を受けた皮膚の正常な反応です。基本的に痛みもなく刺激を緩和する処置を施せば、新陳代謝によりやがて消滅します。しかし鶏眼は歩く時に激痛を感じ重度の場合歩行が困難になります。
パンプス、ローファーなどを常用すると発生しやすくなります。
細いつま先に押し込まれた足指は、歩行中に靴によって圧迫され、隣り合った指同士や靴の内壁との間で摩擦しあうことになります。これが胼胝や鶏眼の大きな原因になります。
また、ハイヒールは中足趾節関節や足趾部に荷重が集中するため胼胝や鶏眼が非常に発生しやすい靴といえます。
f.靴が原因でおこる多汗症、臭汗症、脂症、皮膚病
通気に配慮した設計の靴は、歩く時、靴が曲がるたびに湿って高温になったつま先の空気(赤の矢印)を、履き口へと圧送して排気し、元に戻るときに乾いた低温の空気(青の矢印)を外部から補充して、つねに靴の中の湿度と温度を一定の範囲に保つようにできています。
これを靴の『ふいご効果』といいます。
十分な容積のトーボックスと、土踏まずから甲までをしっかり包み込むアーチサポートが作る前足部の空間が空気を押し出すふいごの役目をしているのです。
また、アーチサポートとヒールカウンターでしっかりと支えられた足は指を外側に広げられるため、つま先の底面まで十分に空気が流通し、指の下面や側面まで除湿することができます。
これとは逆に、パンプスやローファーでは十分なトーボックスを確保できないばかりか、左右の壁に押されて指同士が密着して空気の流れをさえぎり、徐々に足先が蒸れて脂っぽくなってきます。
人の皮下組織には2種の汗線があり、外部の環境変化から皮膚を保護するはたらきをしています。
不快を感ずると皮膚に脂質を含んだ汗(アポクリン性の汗)が分泌してきます。この汗は靴の中に入り込んだ微生物の格好の餌となります。
そして微生物によって分解されるときに悪臭を放ちます。(臭汗症)
足からは皮膚温の調整するため、水性の汗(エクリン性の汗)も分泌します。
パンプスやローファーでは構造上『ふいご効果』期待できず、しばらく履き続けると靴の中は極端な高温多湿の状態になってしまいます。
しかし靴内の温度が低下しないため、汗腺はさらに汗を分泌しつずけます。(多汗症)
すると足先に感じた不快感により皮膚からはアポクリン性の汗が大量に分泌して、ますます不快感が増大します。(脂症(あぶら足))
以上のような一連の反応は、劣悪な環境に対する自然な足の自己防衛反応なのですが、パンプスやローファーではこの反応が有効に機能しなくなります。
そればかりか条件反射でこの反応は徐々に加速し、結果として『多汗症』、『臭汗症』、『脂症』になってしまうのです。
高温、多湿、富栄養という靴内の環境は、汗の成分を分解して悪臭を出す細菌だけではなく、水虫(足白癬)や他の菌類にとっても最高の生息環境であり、あらゆる細菌性皮膚疾病の巣となってしまいます。
従って、この種のトラブルから足を護るためには、適温、低湿度、低栄養の環境を作ることのできる靴に履きかえる必要があります。
半年ほど適正サイズのオックスフォードタイプの革靴を正しい履き方で履き続ければ『多汗症』、『臭汗症』、『脂症』は徐々に解消されてゆきます。
最近素足で靴を履く人が増えましたが、これも細菌性の足の疾患の原因になります。
良い靴下は皮膚の水分をすばやく吸い取り外部に放出することで皮膚を常に乾いた状態に保ち、汗の脂質を繊維の中に閉じ込めて、不潔に成りやすい靴の内部に生息する細菌の栄養供給を断つことができます。
この2つの働きが細菌の繁殖を抑え靴内の清潔に保つ効果があります。