足に良い靴の選び方
a.日本での靴選びの現状
日本では靴選びの時、靴が十分に足をサポートしてくれるかどうかと言うことよりも、脱ぎ履きのしやすさのほうが重要視されてきました。このことは日本家屋の構造に大きな原因があります。家屋内では靴を脱ぐ習慣があるために家の出入りの度に頻繁に靴を脱ぎ履きする必要があるからです。
それに対して、室内でも靴を履く習慣の西欧から入ってきた靴やブーツは、長い時間履き続けることを前提に作られていますから着脱の容易さはさほど重要ではなかったのです。日本でも以前は用途によって多様な履物を履き分けていました。
例えば江戸時代、人々は家のまわりでは下駄や草履を、長旅をするときは草鞋を、と言う具合に履き分けをしていたのです。草鞋の紐は長旅の足元を支えるサポーターとして重要な役目をしていました。
ところが靴が普及するにつれて、この履き分けの習慣が何処かに行ってしまいました。本来、草鞋と同じく紐を締めることで足をサポートする靴などの履物を下駄や草履のように紐をしたままの状態で脱ぎ履きするようになったり、パンプスやローファーがその着脱の容易さから広く使用されるようになって行ったのです。
b.足に良い靴と悪い靴
良い靴を選ぶときの重要なポイントは、靴の基本構造で説明したとおりです。それらの何かが欠けても『良い靴』とはいえません。
しかし靴の脱ぎ履きの頻繁な日本の生活環境では『足に良い靴』を履いている方々の中にあってもそれを『正しく使用』している方は極めてわずかです。
煩わしさから紐やマジックテープを中途半端な量だけ絞めてそのまま脱ぎ履きしてしまう方が非常に多いのですが、この事と『足に良い靴』との間には多くの不都合が発生します。
履き口が狭く『脱ぎ履きしづらい/足入れが悪い』、そのため『踵が壊れ易い』、『インソールのライニング(表面の生地)がはがれ易い』、『靴の幅が狭い』、『ヒールカップ内側(踵部のパット)に穴が開く』等のクレームが販売店に寄せられます。
これらは総てユーザー側の靴の選び方や履き方が原因で起こる事なのです。 靴店やスポーツショップに十分知識のある店員がいてお客様に合った正しいサイズの靴を選び、正しい履き方を説明しながら販売しさえすれば、このような問題は発生しません。
しかし、近年では大型量販店を中心にした少人数のスタッフで大量の商品を販売するお店の出現で、このような販売方法は少数派になってしまいました。このようなお店では、販売効率の重視から店舗の大きさに比して少人数のアルバイトやパートタイマー中心のスタッフが商品の販売を行い、正社員の店長と副店長が店の管理をしているのが普通です。
アルバイトやパートタイマーの店員たちは『靴に対する知識』の不足から、用途別の靴選びやフィッテング法などの高度で専門的なアドバイスは出来ません。そのため棚やワゴンに乗っている靴をお客様が自分で選びお店の買い物かごに入れてレジで清算をするスーパーマーケット方式の販売が行われます。
このような現状から大型量販店やデパートの運動靴売り場担当のバイヤー達(仕入れ担当者)はお客様の啓蒙に勤めるのではなく、クレームが来ないようにユーザーの悪い履き方を前提にした変則的な構造(足をサポートする機能を放棄した構造)の靴の製造をメーカーに要求します。 同時に彼らは商品の低価格化をも要求します。 この要求は、シューズの機能の一部を省いたり、材料の質を変えることで簡単に達成できます。 ここで両者の利害が合致し、『脱ぎ履きは容易』だが『足には悪い靴』が生まれます。
ひとつ例をあげて説明してみましょう。
写真の二つは共にアシックスのシューズの箱です。中には25.5cmのランニングシューズが収められています。
左側の箱には本格的なスポーツシューズが、そして右にはスポーツスタイルのシューズが入っています。 右の靴は量販店を中心に販売する意図で作られたているため、バイヤーの要求で左のシューズとは基本的な構造が全く異なります。
箱から出して片方ずつ並べて比較してみましょう。
左のシューズに比べて右のシューズはやや大きくずんぐりして見えるはずです。また、右のシューズは履き口がやや多きく作られています。
双方の大きさが違うのは、右のシューズ(スポーツスタイル)が革靴と同じサイズ規格(次のページ参照)を採用しているからです。
また、ずんぐりとして見えるのは紐をしたままでも脱ぎ履きできるように土踏まず部のくびれを無くし、履き口を大きく広げたデザインに変更すると共に、靴の踵部(ヒールカウンター)を踵の形に成型せずに、外に開いた形に設計変更しているからです。
踵の成型にはヒールプラスターマシーンという機械を使った複雑な工程が必要で、時間も費用もかかります。従って、この工程をはぶくことは大幅なコストダウンにつながりますが歩行時の安定感やフィット感は失われます。
2つの靴を底面で踵の位置を合わせて床に置いて比較してみます。
この状態でもまず目に付くのが大きさの違いです。
次に、床板の線を対象にして左右の靴を比べると、つま先部の反りの大きさの違いが良く分かります。
左のシューズの方は立体的裁断と高度な縫製技術を駆使して作られています。
費用も時間もかかります。
つま先を大きく反らせた形に整形することで滑らかな重心移動と屈曲時にアッパーにできるシワを軽減する効果があります。
従ってフィット感は比較にならないほど良くなります。
そして、甲(インステップ)部の高さの違いも分かります。
右のシューズはひもをしめたまま脱ぎ履きをする人たちに合わせて作られています。着脱は容易ですが、土踏まずから甲にかけての十分なサポートは不可能です。
履き口部分の開放幅と踵の成型の違いも良く分かります。
スポーツスタイルは脱ぎ履き優先なのに対しスポーツシューズは足の踵部を十分にサポートすることを優先しています。
最後に、後方からこの2足を比較してみます。
左(スポーツシューズ)が踵の丸みに合わせてヒールカウンター部を成型しているのに比べ、右(スポーツスタイル)では踵に合わせた成型は行われておらず、履き口は上方に開放されています。
左は十分に踵を拘束できるのに対し、右では踵を十分に拘束できないため、歩行時や走行時に踵にヒールカップが追随することが出来ません。これが踵にまめが出来る原因となります。
画像の比較では分かりませんが、両者の材質にも大きな違いがあります。左にはヒールカップの素材として高価ですが強度の高い熱可塑性樹脂が用いられています。しかし、右では強度の弱い樹脂を使用します。
同じく、画像では比較できませんが両者のソールも異なった材質になっています。
アウトソールの材質はスポーツシューズでは非常に耐摩耗性の高いゴムを使用します。それに対して低価格を要求されるスポーツスタイルのシューズでは、外見は変わりませんが、耐摩耗性の低いゴムが使用されています。残念ながら、よほどの専門家でなければ両者の判別は不能です。
しかしながら、ミッドソールの材質は触り比べるとある程度良し悪しの判別が出来ます。良質の発泡ゴムを使用したスポーツシューズのミッドソールは側面から親指と人差し指で挟んでみるとモッチリして柔らかく弾力性を感じがします。
スポーツスタイルのミッドソールはスポーツシューズのそれに比べざらついた感触で硬さを感じます。検査機器を用いて弾力性の耐久試験(エンディュロテスト)を行うと、スポーツスタイルのミッドソールはスポーツシューズに比べ三分の一ほどで復元性を失ってしまいます。
以上の比較でわかるように、一見よく似ているように見える2つの靴でも、コンセプトの違いから両者には水と油ほどの違いがあります。
上の比較ではスポーツスタイルは\3,900.-(メーカー希望価格)です。そしてスポーツシューズは\5,300.-(メーカー希望価格)で、価格差は1,400.-となっています。
この価格差を単純に比較すればスポーツスタイルはスポーツシューズよりも割安の靴と考えられがちですが、中身を考えればスポーツシューズの方がはるかに割安な靴といえます。しかし、正しい靴の履き方が普及していない日本ではこの違いを知っている人は残念ながらごく僅かです。
紳士及び婦人革靴では オックスフォードタイプの紐靴が良いでしょう。チェックする箇所は基本的にスポーツシューズと変わりません。
パンプス は足のラインを長く見せることを目的として甲を解放した構造のため、いかに履き心地の向上に努め、他の部分の改良を重ねても、足にとっては良い靴とは言えません。
ローファー は、元々、執務のため書斎で履くことを目的としてヨーロッパ貴族のために作られた靴です。
長時間椅子に座って執務をこなす貴族の足の血行を妨げないため甲を圧迫しないよう出来ています。
事務職のサラリーマンの方々がスリッパ代わりにオフィスで使用することには問題ありませんが、長い距離の歩行には向いていません。会社の行き帰りにはオックスフォードタイプの靴と履き替えることをお勧めします。
デザイン上の要求や歩くこととは別の目的 から、靴にとって最も重要な インステップのサポート (土踏まずから足の甲にかけてサポートする帯状の支え)を無くしてしまっ靴は自由であるべき足指に負荷をかけることになります。
常用により長い年月をかけてゆっくりと、しかし確実に足を痛めます。
純粋に足と体の健康を考えれば、これらの靴は使用すべきではありません。
現実には、学校や会社で制服の一部として着用を義務ずけられていたり、前に述べたように、脱ぎ履きの容易さから、土足厳禁の日本家屋への上がり降りに便利であったり、また、礼装用として一般に認知されてしまっている以上、すぐに他の形の靴にとって変わることは難しいでしょう。
どうしてもパンプスやローファーの使用が避けられない場合、それらが『体に悪い影響を及ぼす靴』だという自覚をもって、その着用は必要最小限にとどめ、長時間の使用を避けるべきでしょう。
礼装用の革靴のすべてが足に悪いのではありません。ヨーロッパの伝統的な礼装用の靴は大半が足をしっかりサポートするタイプでした。機能性を無視して装飾性のみを重視した靴が一般化したことがいけないのです。
カジュアルシューズも、同様に選べば、履き心地の良いものを選ぶことができます。
基本的にスポーツメーカーの大部分は、運動しやすい良い靴を作っています。スポーツの極限的な動作を助け、外部から懸かる力や衝撃から身体を保護することをコンセプトとして製作されているからです。