3.靴の基本構造

  A.実用面を重視して設計された靴

   直立2足歩行をするための『快適な環境』を作ることが実用面を重視した靴には求められます。

 快適に歩き、走り、作業することのできる靴には、安定性、屈曲性、クッション性、保温性、通気性、路面把握性など様々なことがらが要求されます。
 そして、これらの要求に応えられる靴が足の健康、ひいては人の健康に『良い靴』といえます。

 そのためには先に述べた多くの要求に応えることのできる構造を靴が持っていなければなりません。

  『良い靴』に必要な基本的構造を備えたオックスフォードタイプのコンフォートシューズを例に、靴の構造とその機能について説明します。


 構造を説明する前に、まずは外観から各部の名称をおぼえてください。






     現在、コンフォートシューズではヒールとアウトソールを発泡ゴムや発泡ウレタンで一体整形してアッパーに接着(又は溶着)することが一般的になりました。

 伝統的な革靴では左の図のようなグッドイヤーウエルト製法で革のアウトソールと縫い合わせてありました。



 また、ヒールは独立した部品として革を積み上げて作られていました。

 靴の中ほどの本底と中底の間には靴底のラインを維持するためシャンクと呼ばれる鋼鉄製の板が組み込まれています。
 シャンクからシューレースまでの土踏まず部は足を帯状に包み込む構造になっています。(アーチバンテージ)

 爪先部と踵部の表革と裏革の間には先芯(トーキャップ)とヒールカウンターが組み込まれています。


 スポーツシューズではアウトソールは基本的に 革靴の中物に相当するミッドソール(A)、踵を構成するウエッジソール(B)、靴の底面全体を被い接地性を高め、磨耗を防ぐアウトソール(C)の3つの部分に分かれます。

 現在、アウトソールは必ずしもこのようにはなっていませんが、基本的な考え方は変わっていません。




 以上の名称は以後の説明にたびたび出てまいります。そのつど読み返してみてください。



 それでは、靴の構造とその機能について説明いたします。




a.リヤフットコントロール/踵を包むようにしっかり支える。

 ヒールカウンター(着地時の安定性を高め踵の追随性を高めるため、人の踵の丸みと同じ形に成型された靴の踵の芯)
 踵の形に整形されたヒールカウンターは踵を正しく支えることで着地時の横方向のズレを防ぎ、蹴り出しのとき、靴との一体感を維持することで靴を体の一部として履き手に違和感を感じさせない効果を生みます。踵の正確な追随は靴の後部での摩擦を抑え、踵の底部と後部(アキレス腱の付け根)に起こる肉刺(まめ)や胼胝(たこ)を防止します。




b.アーチサポート/中足部(足の甲から土踏ますまで)をしっかり包み込んで足の4箇所のバネを高く支える。(衝撃吸収力を高める)

 アーチバンテージ(土踏まずから甲までを包み込んで足部のバネを支える)
 シューレース(靴紐/アーチバンテージの一部として包み込む強さを調整する)
 シャンク(人が土の上に立つときの踵からボールフレックスラインまでの自然なカーブを靴底に再現して基底部を支える鋼材)


 アーチクッション(スポーツシューズや一部の革靴に採用されているシステムで、中敷の一部が盛り上り土踏まずを下から支える)



c.トースプリング、ヒールスプリング

 トースプリングは靴の屈曲部からつま先までの上方への反りで、屈曲部を支点にして踵からつま先への重心移動を滑らかにします。
 トースプリングの確りしている靴は屈曲時のしわの発生が少なく、親指と小指の外側や足指の背面にできる肉刺(マメ)の発生を抑えます。
 踵の後方に設けられた傾斜は、着地時の接地面を増やす効果があり、着地安定性を高め、足のぐれを防止します。



d.インソール(中底)とシャンク

 インソールは非常に薄い板状の部品ですが、剛性が高い素材でできていてジャンクと共に靴のフレームを構成します。
 現在では複合する素材で構成されているものが多く、ボールフレックスライン(靴の屈曲部で、足のボール部の屈曲に対応するようできた部分)より後方は硬く曲がりにくい素材が、前方には弾力性があり後方の素材よりやややわらかい素材が、そしてボールフレックスラインには上下方向のみに屈曲する素材が使われています。

 シャンクは踵により中空になった本底(アウトソール)を支えます。



e.ヒールとソール

 現在ではほとんどの靴がソールとヒールが一体になった底をもっています。  一体型のソールは足の裏の自然なカーブを下から支えると共に、弾力のある発泡素材の採用で着地から蹴り上げまでの衝撃を緩和するようにできています。発泡素材は比較的磨耗に弱いため、ランニングシューズなどのスポーツシューズに使われている3層構造(硬度の違う種類の発泡ゴムスポンジとグリップの良いゴムのアウトソールの組み合わせ)を採用している革靴も出てきています。





  本皮のソールとヒールは現在でも高級な革靴に使われています。

 アウトソールはクッション性の良い素材でできていて、着地面の細かな凹凸が作る衝撃を緩和することで足の裏を保護すると共に路面を正確に掴み、すべりを防ぐのが役目です。
 しかしながら、皮製のアウトソールは現在のようなアスファルトの路面では磨耗が激しく、また、磨き上げられた大理石やタイルの床では大変滑りやすく、現在ではアウトソールの下に滑り止めとしてゴムの薄い底が貼り付けられているものも見られます。
 皮製のヒールはクッション製の高い革の板を数枚重ねた構造で着地時の衝撃を緩和します。耐久性を増すためトップリフトと呼ばれるゴム製の補強が接地面に付けられています。



 多くの医学書では、靴の踵やシャンク(土踏まず部を下から緩やかなカーブで支える鋼材)を不要と書いてあります。
 しかし、これは明らかな間違いです。
 なぜなら、人が猿から進化して初めて立った頃の環境は、柔らかな土の草原で、現代生活の硬い人工的な床ではなかったからです。

   足の機能 のところでも説明したように、人は親指の腹(の指紋の渦の中心)、小指の腹(の指紋の渦の中心)、踵骨底部の骨端のつくる三角形を支点とし立っています。
 重心は、この三角形の重心点よりやや前にあり、足指側に移動する重心を5本の足指で押し返すことで安定を保つ構造になっています。
 柔らかな土の上ではより加重のかかる前足部の方が中足部や足根部より多く沈み込むため、足の裏には踵からボールフレックスラインまで緩やかな下りカーブを作ります。
 この状態の足の上に下肢、上肢がバランスをとることで現在の人間の骨格が形成されてきたことを考えれば、このカーブの重要性がお分かりいただけるでしょう。



f.トーボックス(足指/足趾部の保護、靴内の温度、湿度の調整)

 トーボックスは靴の前方にあり、爪先より長く伸びた中敷と甲皮(アッパー)との間にできる空間です。
 先芯は、つま先部分の上方空間を確保するために靴の先端に入れる芯です。トーボックスは先芯により十分な高さを確保していることが重要です。



 『蹴りだし動作』のときに靴の前足部は大きく曲げられます。厚みのあるものが重なった状態で曲げられると曲げの内側にあるものの先端が外側に比べ外方に移動ます。
 下の2枚写真を御覧ください。厚いメモ帳を曲げてみました。曲げる前のメモ帳ではAとBは床面に対して同じ位置にあります。メモ帳を曲げるとBはAの位置より外側に移動しています。靴も同様に屈曲時に足の爪先部が外側(前方)に移動します。





 従って、足趾が移動できるよう、靴の爪先前方に一定の空間を確保することが必要になります。



 トーボックスには外部の温度変化を遮蔽して内部の温度を一定に保ちつつ、内部を換気して湿度を下げる働きがあります。



 トーボックス(靴が曲がるとき、この空間が潰れて容積が小さくなり空気が後方に押し出されることで、発熱、発汗により高温で湿気の多いつま先の空気を履き口に送り、外に排出する)、エアホール(トーボックスや土踏まず部の側面などに開けられた小さな穴で、湿った空気を排出して乾いた空気を補充する)



 エアホール(トーボックスや土踏まず部の側面などに開けられた小さな穴で、湿った空気を排出して乾いた空気を補充する)



   以上のような要件を満たしたかたちの靴でなければ、足にとっていい靴とはいえません。スポーツシューズや紐を絞めて履くタイプの紳士靴などがこれに該当します。

   注:これらの靴にしても、足に合った正しいサイズを選択し、正しく履きこむことなしには、機能を生かすことが出来ません。そればかりか足に重大な障害を招く恐れがある事は言うまでもありません。



B.装飾性を重視した靴


 装飾性を重視した靴の代表がパンプス(Pumps)です。



 中ヒールのパンプス




 上方からの写真です。広い開口部が御覧いただけます。




   パンプス(Pumps)は、ヨーロッパの貴族社会で冠婚葬祭等の正装用として長く履き継がれてきましたが、その原型は中世イギリスで御者用として使われていた靴でした。
 馬車を停止させるとき、数回に分けて小刻みにブレーキを踏む仕草からこの名が付いたと言われています。
 バンプスは、座っている時間が長く立って歩く時間の少ない御者達のために作られた特殊な靴で、歩くことを主な目的とはしていませんでした。
 バンプスに最も近い仲間が、貴族が書斎で使用していた室内履き(Slip on)やクラブでの正装用の靴(Loafer)などです。両者の共通点は『座ることを主な目的としている履物』というところです。



 コインローファ(甲の部分にチップ用のコインを納めるスリットがあるのでこの名が付きました。)



 足は座っている状態ではさほど多くの負荷を受けないばかりか、ポンプ効果(歩くことによる筋肉の収縮で静脈が血管を圧縮し血液を心臓に送り返す効果)が低下するため、ローファーやパンプスは足の甲を広く開いて皮膚のすぐ下にある血管を圧迫しないようになったのです。

 パンプスが貴族の正装用の靴として使われ始めたのは、甲を広く開いた形が、靴を小さく可愛らしく見せると共に、足の甲と一体化して脚が長く見える効果あるからなのです。その後、靴のヒールを高くすることが貴族の女性達の間で流行しました。結果として、パンプスは日常的な生活では、実に不便で歩きにくい靴になってしまいました。



 指先に近い部分まで甲を露出することで脚を長く見せる効果があります。


 ところが、これが貴族や一部の豪商に彼らのまわりの女性達の行動範囲を制限して浮気防止の効果があると考えられ、このタイプの靴を彼女達が日常生活で使うことを彼らはむしろ積極的に推奨し、パンプスによる見掛けのスタイルの向上を褒め称えたのでした。
 これは、中国でごく最近まで行われていた纏足(テンソク)の習慣に非常によく似ています。いずれも女性を隷属化する目的を含んでいたのです。


 パンプスやローファとオックスフォードとの決定的な違いは中足部のサポート機能の有無にあります。この違いが負荷の架かる足の部位の違い生みます。そして、この違いが足の障害の原因となります。

 次のページでは靴による足の障害についてご紹介します。