C.靴の分化(機能的な靴、装飾的な靴)

 文明が発達するに連れ、階級制度が確立し履物にも儀式や祭事のための装飾性の強いものが現れはじめます。儀式や祭事のための靴には実用性よりも権威の象徴のための小道具として人目を引くことや神秘性が求められます。後にこれらの靴は特権階級の虚栄心や富の象徴として舞踏会や戴冠式のための特別な靴として分化してゆきます。このことにより靴は機能を追及して使い安さや履き心地を重視した機能的な靴の仲間と儀式の権威を裏打ちすることや見かけの美しさを強調することだけを目的とした装飾性重視の靴の仲間に二極化してゆきます。

a.機能的な靴の仲間

 実用的な用途を追及して発達してきた靴の仲間は、その用途からおおむね足に優しく履きやすい(後に詳しく解説いたしますが脱ぎ履きし安い靴とは違います。)構造に進化してきました。



 安全靴 (作業を効率的に行うとともに重量物の落下から爪先を保護する目的のため一切の装飾性を廃し、機能性を追及した靴の代表例) 
 NIKE AIR MAX '95

 一時期のスニーカーブームでそのきっかけを作ったスポーツシューズの一つです。
 ランニングという仕事のため極限まで機能を追及した靴だということができます。




b.装飾性重視の靴の仲間
 
 形式美を重んじた装飾性の高い靴の仲間は、その多くが足の基本的な働きや生理をを無視した形で発達してきました。



 パンプスは近世ヨーロッパで御者用の靴として作られました。インステップが大きく切り取られ、かかとの低い形状にデザインされ、長い時間座席に座り馬車を運転するのに適していました。名前の由来は御者が馬車のブレーキをかけるとき、ロックをを防ぐためブレーキペダルを何回かに分けて踏込む様子が水を汲む手押しポンプの動きに似ていたため『ポンプする靴(PUMPS)』から来ています。足を長く見せる効果があるため、パーティードレス用の靴にデザインが転用されたといわれています。やがて、脚をより長く見せるためヒールの高さを競うようになります。





 ローファ(Loafer)は男性貴族の伝統的な室内履きとして、書斎での執務などで使用されておりました。 長時間椅子やソファーに座っているとき、紐やベルトでインステップ(足の甲)を強く締め付けると前足部の血行を妨げます。そのためローファはインステップ部をやや開放し圧迫を取り除くよう作られています。 その後、貴族の社交の場であるクラブの隆盛とともにインステップ部に装飾(キルト、タッセル、ペニーポケットなど)を施しクラブシューズとしても使われるようになりました。 ローファの語源はゴロゴロして仕事をしない怠け者(Loafer)に由来します。働かない者、動かない者のための靴と考えていただけば良いでしょう。いずれにしても、専ら書き物をしたり歓談したりすることをするために作られた靴で、本来歩くことを目的に作られた靴ではありません。



 パンプスやローファは産業革命以後、台頭したブルジョア(庶民の有産階級)が彼らの地位の向上のため貴族を真似てつくった社交界(クラブ組織の成立と社交場としての舞踏会)を通じて庶民の社会に入ってきます。 庶民生活の向上とともにクラブや舞踏会で使われる衣類や靴のデザインがファッションとして大衆化してゆきます。


 
c.両者の本質的な違い
 
 実用的な目的で作られる靴は、長時間履いて疲れず快適に仕事やスポーツの出来る靴でなければなりません。装飾性を重視した靴は自分の為の快適さよりも、むしろ、他からどのように見られるかと言うことを第一義とし、多少の痛みをこらえても履く靴に仕上がっています。
 実用性を重視した靴は足の構造と機能を考慮して作られた靴であり、装飾性重視の靴はこれらと反対に足の構造と機能を軽視し、見かけの美しさを追求した靴だと考えていただければ良いでしょう。

 
 従って、足の構造と機能を理解することが良い靴を選ぶ決め手となります。足を知らずして『足に良い靴』を見つけだすことは出来ないのです。